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月別アーカイブ: 10月 2018

免疫療法

肝臓ガンの治験治療を受けて8か月が過ぎた。多くのガンは消え、腫瘍マーカーも劇的に改善している。ただしガン細胞は体内に生きている、と考えるべきだという。10月24日の定期診察でもマーカーの数値は横ばいだが、上がっていない。これは現在、実施している免疫療法が「ガン細胞を抑え込んでいる」と見るべき、というのが代診に当たった若い医師の見解だ。

すでに本ブログで書いたとおり「長期戦」を覚悟しているから驚くことはない。完全に「正常」となるかどうかは分からない。ただ正常値に近くまで腫瘍が小さくなっている、という事実で、どうやら越年できそうです。

昨日23日は神戸で友人と会食した。高校の同級生で、今回、ノーベル賞の受賞が決まった本庶佑(ほんじょたすく)博士の京都大学医学部の同期生。2,000人のガンを切った、という医師だが、彼が送ってくれたメールを以下に紹介する。

ここで彼が述べている治療費だが、ぼくの場合「治験」なので治療に要する全費用を製薬会社が負担してくれる。その上、1日9,000円の日当が支給される。

ちなみに過去8か月の治験治療に使った抗ガン剤と点滴の費用は軽く1,500万円を超えているようだ。(未だ市販されていないので実費の詳細は不明)

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北岡君

貴兄の受けている医療の効果は、これまでの医療界の常識を遥かに超えた画期的なもので、いつも感心しています。

昨年の12月に電話をいただいた時には本当に驚いたものでした。化学療法しか助からない…しかし、私の頭にある化学療法は癌が少し縮小したものも含め、半分も有効率がない。もし抗がん剤が有効でなければ、ふつう6か月、有効であったとしても完全消失は望めないから、よくて2年かもしれない等と全く一人よがりのことを想像していました。

 そして、まず6か月をお勧めしたのは、6か月してもあまり効果がなければ免疫療法をお勧めしたいと思ったからです。昨年の段階で、肝癌の免疫療法には保険がきかなく1千万円を遥かに超えていたので、自己負担を覚悟で医療を受けなければなりませんでした。新しい抗がん剤で少し様子を見てから次の治療に移っても遅くはないと思ったものでした。

いま,貴兄の現在の治療に抗がん剤とともに免疫療法が含まれていることを知り、現在の治療をぜひ続けるべきだと信じています。

 かって消化器外科医として癌に対応したとき、進行した癌では、普通に言われているよりも徹底した手術をおこなっていたにもかかわらず(少なくとも肉眼的には癌を疑うようなものはない状態)、そしてまた術後に抗がん剤を使用しているのに、2,3年で再発する人が多く、がん治療の限界に涙したものでした。

貴兄が受けてきた医療の効果は、10年前の医療界の常識からすれば。奇跡としか言いようのないほど素晴らしいものです。命を買うつもりで現在の医療をもう少し続けてくれることを心より願っています。

「生の永遠」を探す旅

ヒトはなぜ死ぬのか。

10月16日、「生と死」の不思議を科学的に解明しようという研究に没頭している分子生物学者・T教授夫妻と新幹線で北へ向かった。盛岡で降り、駅前の著名な韓国レストランで冷麺定食を食べ、盛岡城公園まで歩いた。南部藩の城跡である。石川啄木の歌碑があった。

<不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五の心>

啄木は死んでも彼が詠った詩は生きている。啄木の心は永遠なのだ。もう一つ。

花巻へ向かう途中、高村光太郎記念館にも立ち寄った。実際に彼が晩年、創作活動していたちょっと大きめの物置小屋のような荒れた陋屋が、周囲をぐるり取り囲むように新しい建物で保護されていた。この小屋とは別に大きな光太郎記念館があり、彼の作品も10点ほど展示されている。ここでも「光太郎の作品と魂」は生きていた。

同行してくれた盛岡在の友人の記者含め4人で会食した。「温泉」と言っても昔の湯治場。個室は6畳、室内にはテレビと炬燵があるだけ。一泊4,200円。同じ建物の居酒屋のような薄汚れた食堂で南部の酒とつまみと会話を楽しんだ。

友人のH記者はロサンゼルス特派員の時、知り合った。彼は後にロンドン支局長となり、仲間と取材したノーベル賞について、『ノーベル賞の舞台裏』という本を書いた。日本人が受賞するとどの国よりもメディアが大騒ぎする報道を揶揄、批判しているが、中でも見逃せないのはノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作に対する評価である。佐藤は安倍晋三首相の大叔父、祖父・岸信介の実弟。長期政権だったが、後日、ノーベル平和賞を受賞、「ブラックユーモアではないか」と国内でも批判の声が強かった。

同書は「『ノーベル平和賞 平和への100年』の著者の一人で歴史家、オイビン・ステネルセンが公式の記者会見で『佐藤氏を選んだことはノーベル賞委員会が犯した最大の誤り』とまで言い切った」と書いている。非核3原則を国会で提唱した佐藤がアメリカと核密約を交わしたことがバレたからだ。

万能細胞の人工栽培に成功した京都大学の山中伸弥教授がノーベル医学・生理学賞を受賞した(2012年)事にも話が及んだ。その受賞にも医学界で毀誉褒貶が存在する。山中は記者会見で「まさに日本が受章したようなもの」と発言、日本では誰も問題にしなかったが、ノーベル賞委員会は激怒した、と言う。ノーベル賞は個人の研究、研鑽に努め、新しい科学の研究を前進させた実績に送られるもので「国家」に贈られるものではない。

東北へ向かう前日、東京で高校の同窓会があったが、参加者に「おめでとう」と言われて面食らった。彼女はぼくが「ガンによる死」から「生還」した、と喜んでくれたのだが、ぼくは一度も死んだことはない。ぼくはガンに罹っても生きているが、4人の学友がガンで死んだ。

 

 

ガン免疫療法の基礎研究でノーベル医学・生理学賞

9月26日の定期検診の際、主治医が、抗ガン剤を休薬すると腫瘍マーカーの数値が少し上がる、と言う。CT撮影もやったがガンらしい「影」が」映っている。ガン細胞が未だ体内で活動している証拠ではないか。「抗ガン剤を飲み続けるのが一番です」と主治医は言い、そのメカニズムを詳しく説明してくれた。

いま、注目されているのは「ANK免疫細胞療法」だという。京都大学名誉教授・本庶佑博士の名前を初めて耳にした。「本庶」という名前の漢字をメモ書きで書いてもらった。本庶先生は間もなくノーベル賞を受賞される、という話だった。著名な免疫の研究者である。

本庶博士の基礎研究から免疫療法が開発され、肺ガンなどの治療に成果をあげているという。定期の点滴などを終え茅ヶ崎市に戻った直後、スエーデンから本庶博士が本年度ノーベル医学・生理学賞受章の報が届いた。本庶博士の基礎研究がぼくのガンの治験治療の抗がん剤に役立っている。その科学的メカニズムは素人には難しくて簡単には書けない。勉強してから後日、報告する。

記者会見で印象的だったのは「教科書を信用するな。自分なりに『何故?』を考えて欲しい」という本庶博士の言葉。日大でもぼくは既成の教科書を使わず、パワーポイントでテーマごとに自分がレジュメを作り、学生に提示しながら話した。

パキスタンのイスラマバードで民宿を経営している督永忠子さんが帰国、10月3日、久しぶりにベトナム料理のレストランで会った。彼女は実父が大杉栄のファンで、大杉の像を実家に保管していた。今回の帰国でその像を墓前祭で大杉家に戻すことができた。

今、日本人観光客は皆無だという。督永にパキスタンへ行くことを約束した。

北岡和義事務所

神奈川県茅ケ崎市在住

E-mail: kazuyoshi.kitaoka@gmail.com

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