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ミルト・ジャクソン

5月22日京都駅前で友人と会い、駅構内の和食レストランで会食。同志社大学の若い学究と京都新聞の文化部長だった人。それに毎日新聞の元記者、ノンフィクション作家・後藤正治とぼくの5人。「石橋湛山読む会」を関西で始めようという話が進んだ。

ぼくは残念ながら味覚が失われているので、美味しいとは言えないけど気の合う記者らとの会話、会食は楽しい。ガンと言う厄介な病気をその時だけ忘れる。話が弾んで恵美須町のゲストハウスに駆け込んだ時は門限を少し過ぎていて慌てた。相変わらず客は外人ばかり。歯を磨いてベッドへ。23時を過ぎていた。

翌23日朝8:15病院へ入る。体重は間違いなく6キロ近く痩せた。いつものとおり血圧測定、採血、採尿を終えて医師の診察を待つ。今日も代診。主治医は学会などで忙しいのだろう。前回と同じ黒縁めがねの若い医師である。

腫瘍マーカーが前回よりさらに半減、HS-PIVKAは245(前回)から142(今回)へ。AFPは1020から477へと降下した。

HS-PIVKAもAFPも肝臓ガンを測るためのマーカー(指標)だが、基本的にこの数字が下がるという事はガンの活動が弱化していることを示すと理解していいだろう。ただ、だからと言って「ガンが無くなった」と考えるのは早すぎる。体内に残っているかどうかの判断はプロの医師でも難しいそうだ。

「抗ガン剤が効いていますね」

医師がめがねの奥でかすかに笑っていた。

「もう少しですね。ガンばるしかない」とぼくは力を込めて言った。

マーカーが二桁に下がってくれ・・・ぼくの期待感は大きく膨れ上がる。半病人状態から脱出できるかも知れないな。もっとも専門家は二けたに下がることは難しい、とも言うからややこしい。

だから「ガンと生きる」意味があろうかと言うものだ。

医師の診察が終わって点滴室へ。1時間ほど待たされ、まず薬を飲んで30分待ち、その後、点滴始めて1時間たっぷりかかる。黄色いビニール・カバーを被った女性の点滴担当が忙しく走り回る。この部屋の女性だけがビニールのガウンを着ているのは肝炎などに感染しない防護措置なのだそうだ。

スマホにイヤホーンを突っ込んで湘南のFMを聴きながら点滴を受ける。ちょっと甘ったるいジャズが流れる。LA空港に近いマリナ・デル・レイの、生演奏しているジャズの小屋でワイン飲みながらジャズを聴いたなあ。ヴィブラフォンの世界的に有名な演奏者、ミルト・ジャクソン本人がなんの前触れなく、自宅の居間いるようなラフな雰囲気で登場したのにはびっくり、大感激した。これこそエンターテイメントのメッカ、ロサンゼルスなのだ。

打ち寄せる太平洋の波の音が生演奏の通奏低音のように聞こえたマリブの小さなジャズの小屋も雰囲気があったなあ。わずか10坪くらいだが、サキスフォンやベースの響きがほとんど耳元で聞こえる。でも、あのジャズ小屋が閉鎖されたというニュースをLAタイズムで読んでずいぶん経つ。

LA時代が懐かしく蘇ってきた。右腕は点滴のチューブに繋がれているけど。

今日は意外と検査も診察も早めに終わり、点滴の後3時半には病院を後にできた。新大阪へ戻り新幹線で名古屋へ、近鉄に乗り換え四日市へ向った。外は雨だった。

ビジネス・ホテルにチェックインしてしばらく身体を休めた。やはり疲れる。ホテルのすぐ側の焼鳥屋で遅い夕食。珍しいことに真っ黄、黄色の髪のネエちゃんが鳥を箸で焼いていた。たいして美味しくはないけどまあまあ、なんとか出されたものは食べきった。それにしも1,350円は安い。


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北岡和義事務所

神奈川県茅ケ崎市在住

E-mail: kazuyoshi.kitaoka@gmail.com

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