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空虚と充実

ガンを宣告されて自宅に戻り、しばし呆然。なすべきことがない。「空虚」とはこうした状態を指すのか。この時、ぼくは未だガンという病気をほとんど知らなかった。肝臓にガンがある、しかも10個近くあり、大きな奴が二つあるそうだ。医者がそう言う。

寒々とした部屋で、何分経ったか。急にやらねばならないことに気づく。「終活」~死の準備をどうするか。i-padで「遺書」とか「エンディングノート」という項を探索してみる。いろいろ書いてあるがなんとなく曖昧で実感が伴わない。息子ら一家に迷惑をかけないためにはどうすればいいか。まず脳裏に上ったのがそれだ。

 

居間には壁面いっぱいに本が並んでいる。ベッドルームやゲストルームも本、本、本で埋まってる。この雰囲気が本好きの自分には幸せだった。ぶらり並んだ書棚を眺めコーヒーを一杯やるのが充実した生活に思えた。でも今は邪魔な空虚な存在となった。

「これでも(アメリカから)帰国する際、ずいぶん処分したのになあ」と自身に言い訳し溜息を深くつく。それに家具。箪笥、冷蔵庫、膨大な資料類・・・アマゾンやチリやハバロフスク、東南アジアで買ったり貰ったりした諸部族、人種の仮面や飾り物。友人が撮った鳥の写真。息子一家が欲しいものは何もない。棄てたくても棄てられないゴミでしかない。

 

急な話でこれからどうしたら良いか、先が見えなくなった。五里霧中。主治医は「関西の大学へ行け」という。そこには最新の薬で大きな成果を上げている最先端を行く医者がいる。彼に(治療を)頼むのが一番だ。だが取り合えず茅ヶ崎の病院でできることをやろうということで入院を指示された。12月12日入院した。現実のぼくは健康なのに。

 

ぼくが受けた手術が先に書いた「肝動脈塞栓療法」。肝臓ガンは肝動脈から栄養を受け増殖するが、それを断つため、肝動脈にゼラチンスポンジを注入して肝動脈を閉鎖する。そうすると栄養がガンに届かなくなるから肝臓ガンは壊死する、という。専門家の間で通常「兵糧攻め」と呼ばれている手術である。20年ほど前に開発されたそうだ。

手術は1時間足らずで終わった。大動脈を鼠径部で切開しただけだから大きな傷はない。一晩、ベッドで静養し出血が止まったらそれで終わり。この手術は成功し二つの大きなガンが死んだ。しかし肝臓には他に10個近い大小のガンが確認されている。広範囲にガンが広がっているため切除手術はできない、と言われた。どうしたらそうしたガンを抑えることができるか。実績がクローズアップされる大阪の大学へ行くことになった。現時点で肝臓ガンでは一番効果があり、充実している、というプロの評価である。いうまでもなく医学の世界では実績がモノを言う。スポーツと似ている、なんて考える。病院の玄関に入った時「充実」という言葉が浮上してきた。


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北岡和義事務所

神奈川県茅ケ崎市在住

E-mail: kazuyoshi.kitaoka@gmail.com

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