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なぜ象は死んだのか

今夏のお盆は異常に上昇する熱気に煽られ、連日気温は35度を超えた。熱中症で死者が出ている。ぼくは今までの抗ガン剤と別の分子標的薬「レンビマ」を飲み始めた。副作用は軽い、と主治医は言ったが、実際には激しい下痢に見舞われた。何を食べても飲んでもすぐ下す。食欲無く食べる物がない。脱水症状を恐れて水を飲んだらそれも下した。身体が痩せ体力が衰えるのが実感できる。そんな中で身体を引きづるように上野動物園に行った。

静岡から友人の一家がパンダを見に来たので、小さい子らに会いたくて無理に足を運んだのである。上野動物園の動物慰霊碑は正面入り口に近い象舎の脇にある。男2、女1計3人の子供と友人夫妻の5人でニコニコ笑顔で待っていてくれた。明るい平安な一家だった。半世紀前、札幌の記者時代、一家で小樽の海岸に海水浴に行ったことを想い出した。

慰霊碑には”戦争の犠牲で”死んだ動物もいる、ことが表示されていた。1943(昭和18)年、大達茂雄東京都長官(現在の知事)は猛獣の殺処分を指示した。米軍の本土空襲で獣舎が壊されたら猛獣が街に逃げ出し住民に危害を与えることを懼れたのである。この猛獣処分は他の動物園でも行われた。

日頃、可愛がっていたライオンやトラ、豹、ニシキヘビなどが銃殺、毒殺、絞殺された。飼育係たちの無念の哀しみを思う。なぜか象だけは決して毒入りの餌を食べなかったそうだ。毒入りの餌を象舎に持ち込んだとき、象はじっと飼育係を見つめた。与えようとした毒入り餌は食べず投げ返したという。どうして象が分かったのか今も謎だ。そして・・・象は餓死した。

この話、吉村昭が短篇『動物園』で抑制の効いた文章で淡々と書いている。飼育係の回想録もあるようだ。戦争の残酷な一場面だが、ぼくは令和の平和な家族一家の笑いとともに慰霊碑を沈んだ気分で眺めた。


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北岡和義事務所

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