ホーム » 未分類 » 「生の永遠」を探す旅

「生の永遠」を探す旅

ヒトはなぜ死ぬのか。

10月16日、「生と死」の不思議を科学的に解明しようという研究に没頭している分子生物学者・T教授夫妻と新幹線で北へ向かった。盛岡で降り、駅前の著名な韓国レストランで冷麺定食を食べ、盛岡城公園まで歩いた。南部藩の城跡である。石川啄木の歌碑があった。

<不来方のお城の草に寝ころびて 空に吸はれし 十五の心>

啄木は死んでも彼が詠った詩は生きている。啄木の心は永遠なのだ。もう一つ。

花巻へ向かう途中、高村光太郎記念館にも立ち寄った。実際に彼が晩年、創作活動していたちょっと大きめの物置小屋のような荒れた陋屋が、周囲をぐるり取り囲むように新しい建物で保護されていた。この小屋とは別に大きな光太郎記念館があり、彼の作品も10点ほど展示されている。ここでも「光太郎の作品と魂」は生きていた。

同行してくれた盛岡在の友人の記者含め4人で会食した。「温泉」と言っても昔の湯治場。個室は6畳、室内にはテレビと炬燵があるだけ。一泊4,200円。同じ建物の居酒屋のような薄汚れた食堂で南部の酒とつまみと会話を楽しんだ。

友人のH記者はロサンゼルス特派員の時、知り合った。彼は後にロンドン支局長となり、仲間と取材したノーベル賞について、『ノーベル賞の舞台裏』という本を書いた。日本人が受賞するとどの国よりもメディアが大騒ぎする報道を揶揄、批判しているが、中でも見逃せないのはノーベル平和賞を受賞した佐藤栄作に対する評価である。佐藤は安倍晋三首相の大叔父、祖父・岸信介の実弟。長期政権だったが、後日、ノーベル平和賞を受賞、「ブラックユーモアではないか」と国内でも批判の声が強かった。

同書は「『ノーベル平和賞 平和への100年』の著者の一人で歴史家、オイビン・ステネルセンが公式の記者会見で『佐藤氏を選んだことはノーベル賞委員会が犯した最大の誤り』とまで言い切った」と書いている。非核3原則を国会で提唱した佐藤がアメリカと核密約を交わしたことがバレたからだ。

万能細胞の人工栽培に成功した京都大学の山中伸弥教授がノーベル医学・生理学賞を受賞した(2012年)事にも話が及んだ。その受賞にも医学界で毀誉褒貶が存在する。山中は記者会見で「まさに日本が受章したようなもの」と発言、日本では誰も問題にしなかったが、ノーベル賞委員会は激怒した、と言う。ノーベル賞は個人の研究、研鑽に努め、新しい科学の研究を前進させた実績に送られるもので「国家」に贈られるものではない。

東北へ向かう前日、東京で高校の同窓会があったが、参加者に「おめでとう」と言われて面食らった。彼女はぼくが「ガンによる死」から「生還」した、と喜んでくれたのだが、ぼくは一度も死んだことはない。ぼくはガンに罹っても生きているが、4人の学友がガンで死んだ。

 

 


コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

北岡和義事務所

神奈川県茅ケ崎市在住

E-mail: kazuyoshi.kitaoka@gmail.com

2018年11月
« 10月    
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  

カテゴリー

アーカイブ

最近のコメント